顎変形症治療では、手術前に外科的矯正治療(以下からは通称の術前矯正と記載)と呼びます。歯を並べる普通の矯正治療と同じように見えますが、双方は異なります。記事では顎変形症治療での術前矯正がなぜ必要か図を用いてわかりやすく説明します。
歯を並べる矯正だから普通の歯列矯正と同じようだが、、
術前矯正とは
顎変形症治療では、手術の前後に歯の矯正を行います。前者を通称「術前矯正」、後者を「術後矯正」と言います。
手術の前にはまず術前矯正を行い、歯を並べます。これだけ聞くと、普通の歯列矯正と同じように聞こえるかもしれません。しかし実際には2つの矯正は目的が異なります。
歯列矯正は矯正で想像する通り、悪い歯並びを並べ理想的な歯列にすることを目的としています。見た目の面と歯並びによる機能面の改善が目的となっています。(普通の歯列矯正は審美的な側面が重視されているとみなされています。そのため保険が下りない。)
対して術前矯正は、手術による歯並びと見た目の改善のため、「顎骨のズレ」に対して並んだ歯を、骨に対してまっすぐに並べることを目的にしています。
・歯列矯正:歯並びを治し見た目と機能面を治す(見た目の面の改善が主な目的とみなされる)
・術前矯正:「顎骨のズレ」に対して歯をまっすぐに並べる
簡単に言えばズレをなくすための矯正には変わりないです。ですが、術前矯正を行うと状況によっては歯並びがさらにズレます。それは、「顎骨のズレ」などの状況に合わせて並んだ歯を、骨に対してまっすぐに並べ、高さや位置、傾き等の「歯並びのズレ」を取り除くからです。
歯を並べるという目的を持ちながら、逆に歯並びが悪くなる逆説的な結果はなぜ起きてしまうのでしょうか。そもそもなぜ術前矯正をしなければいけないでしょうか。
術前矯正が必要な理由
顎変形症の治療方法
ややこしいですが、理解のために顎変形症の通常の治療方法について説明します。重要なことは、手術時に「顎骨のズレ」だけが存在する状態にすることです。
上の図①は横から見た顎です。こちらを骨の変形がなく歯が噛み合った状態だと考えてください。
そして図②が、骨格に異常があり下顎が前突している顎変形症の顎です。下顎の骨の大きさの異常により、下の歯が前に出ている状態上下の歯が噛み合っていません。
顎変形症の治療では、上記のような顎骨の変形によるズレを取り除き、理想的な噛み合わせに調整します。上下の骨に合わせて片方・両方の顎骨の動かし方などの処置方法を決定します。今回の例では下顎だけで処置可能となり、下顎のみ手術を行うとします。
この治療の対象は骨格による不正咬合の状態である患者です(ズレている事が前提)。そして治療として手術により土台となる骨格ごと正しい位置、大きさ、傾きにします。
ただ、そのまま手術をしてもいいわけではありません。手術の前には「歯並びのズレ」を取り除ききれいに並んだ状態にする必要があります。ここが術前矯正による結果「歯並びが悪くなる」理由の理解につながります。
治療で不利に働く現象:デンタルコンペンセーション
②の場合では歯がズレていますが、骨に対してはまっすぐ並んでいます(顎が前突しており、それに応じて歯列もその分前突している状態)。実は、顎変形症の術前矯正の着地点は②であり、これが治療の面では理想的な状態となります。
一方で歯列は骨に対してまっすぐに並ぶ②のような歯列にはなりません。なぜかと言うと、「デンタルコンペンセーション」という現象により、歯は状況に応じて噛み合わせが変わるからです。
つまりこんな感じです。
骨格は②のように下顎が前突しています。しかし、噛み合わせだけを見ると、①のように上の歯に対して並んでいることが分かります。実は人の歯は、上下の歯が噛み合うように自動的に位置が調整されます。
この現象がデンタルコンペンセーションといいます。たとえ顎の骨が大きくずれていたとしても、上下の歯同士が噛み合うように自動的に歯が動き、噛み合う位置に移動します。
もちろん歯の動く量は、スペース等によって限界があります。顎骨が大きくズレている顎変形症の場合は、通常③のようにはきれいに並ぶことは少なく、歯並びが悪い状態の場合が多いです。
上記の現象によって悪い歯並びの場合であっても、歯は可能な範囲で位置を補正しています。その為通常顎骨に大きなズレがない場合は、噛み合うようになります。
これは顎骨にズレがなければ問題はありません。しかし、②のように顎骨に変形があれば、ズレている骨に対して歯並びが調整されます。(③の状態)つまり、顎変形症の場合は、「顎骨のズレ」と、その顎骨に合わせて調整された「歯並びのズレ」の2つのズレが存在している状態が発生します。
術前矯正を省くことによる問題
このまま手術をするとどうなるでしょう。今回の手術では下顎の前突分を短くします。
そのまま手術すると、ズレた顎骨に合わせて並んだ歯のまま土台となる顎骨のみ正常になり、それまで合っていた歯のズレが顕在化していることがわかります。つまり、「顎骨のズレ」は取り除けたものの、「歯並びのズレ」がそのまま残ってしまっている状態です。噛み合わせが全く改善されておらず、むしろ悪化しています。
なぜか。それは顎変形症の手術は理想的な歯並びのために、物理的に「顎骨のズレ」を取り除くことが目的だからです。
その為、「顎骨のズレ」がある状態と、「歯並びのズレ」が存在する状態で手術をしても、「顎骨のズレ」だけしか取り除くことはできず、「歯並びのズレ」は残ってしまいます。←④の状態
それを解決するため、まず高さや位置、傾き等の「歯並びのズレ」を取り除き、「顎骨のズレ」だけが存在する状態(②の状態)にした上で、手術により「顎骨のズレ」を取り除きます。
術前矯正は、まさにこの「歯並びのズレ」を取り除くことが目的です。
まとめ
術前矯正をした時としない場合の治療の流れとその結果は下図の通りです。
・顎変形症は「顎骨のズレ」を物理的に調整することで歯並びを矯正します。
・顎変形症の患者の歯並びは、デンタルコンペンセーションによって歯は顎骨等の状況に応じて位置が調整されるため、治療開始前は「顎骨のズレ」だけでなく「歯並びのズレ」も発生しています。
・そのまま手術をしてしまうと、「顎骨のズレ」だけ取り除き、「歯並びのズレ」は残ったままになってしまいます。
・その為、術前矯正で「歯並びのズレ」を取り除き、「顎骨のズレ」だけにした状態にします。
・これにより手術をすることで、「顎骨のズレ」、「歯並びのズレ」双方を取り除いた理想の状態に導くことができます。